人権・基本権

2022/11/14:「はんこ」と「ベルトコンベア」――法務大臣という職(その2)

2022/10/10:連立政権23年、公明党のディレンマ――安全保障と政教分離

2022/10/3:権力の私物化と社会の軍事化――「我が軍」といった首相の葬儀

2022/9/26:「安倍国葬」と統一教会――自公政権の葬送狂騒曲

2022/9/12:「安倍国葬」とゴルバチョフの「非国葬」――政治指導者の葬儀

2022/8/1:「反社勢力」に乗っ取られた日本(その2)――第2次安倍政権発足10年を前に(その1)

2022/7/4:第4回参議院選挙の風景――「3分の1」の問われ方

2022/6/13:「ウクライナ戦争」をめぐる「もう一つの視点」――プーチン+トランプ

2022/5/9:「終わりの始まり」の記念日――ロシア憲法87条2、3項(戒厳令)適用をうかがう?

2022/4/18:反戦デモは「グレーゾーン事態」か?――2020年陸幕記者説明資料と「60年安保と治安出動」

2022/3/21:「大本営発表」はロシアだけではない──メディアが伝えないウクライナの「不都合な真実」

2022/1/17:「危機の指導者」と「指導者の危機」――「どの口が言う!」の世界

2021/12/27:コロナ対策に「思いやり」はあり得ない──オミクロン株と日米地位協定

2021/12/20:大学にガバナンス?――「大学の自治」はどこへ

2021/11/29:武蔵野市住民投票条例の何が問題なのか――憲法蔑視の荒野

2021/11/22:「コロナ語」を問う――政治家と忖度「専門家」

2021/11/15:日本学術会議問題の本質は何か――ニコラウス・クザーヌス「専門家-素人」相関の視点から

2021/11/8:「学問の自由」の危うい状況、さらに――「だから日本に帰らない」

2020/11/1: 自民と維新の「改憲連立」――二人に一人しか投票しない「民主主義国家」(その3)

2021/8/23: パラリンピックは中止すべきである――この国に「総理」大臣はいるのか

2021/6/28:夫婦同氏制と婚姻の自由――最高裁判例における反対意見の意味

2021/6/21:安全保障関連の土地建物調査・規制法――「令和の要塞地帯法」

2021/5/24:「内閣総理大臣が欠けたとき」――石橋湛山と安倍晋三

2021/4/26:チェルノブイリ原発事故から35年――フクシマからの視点

2021/4/12:「マンボウ」と「汚染水」の海で――「復興五輪」は終わった

2021/4/5:軍が民衆に発砲するとき(その2)――ミャンマー国軍と2008年憲法

2021/3/22:子どもの夢は会社員――「末は博士か大臣か」は死語

2021/2/22:裁判所が認めた「抵抗権」――台湾最高裁判決の問題性

2021/1/25:「トランプ時代」の歴史的負債――安倍晋三はトランプ敗北について何を語るのか

2020/12/28:「権威主義的立憲主義」の諸相―安倍・菅政権はクレプトクラシー

2020/12/14:メルケルと“ガースー”――「危機」における指導者の言葉と所作(その4)

2020/10/26:欧州におけるコロナ危機――Go To トラブルの日本

2020/6/8:トランプがワシントンを「天安門」に? ――「狂犬マティス」の抵抗

2020/5/25:ネバー・エンディング無責任――遠隔授業をやりながら考える

2020/5/11:この国の「目詰まり」はどこにあるか――日独の指導者と専門家

2020/5/3:日本国憲法施行73周年――「コロナ便乗型改憲」へ

2020/4/27:中欧「コロナ危機」の現場から――ゼミ23期生のスロバキア報告

2020/4/20:この国は「放置国家」になったのか――安倍政権、迷走の果てに

2020/4/6:「コロナ危機」に「緊急議会」?――ドイツ連邦憲法裁判所前長官の主張にも触れて

2020/3/30:「コロナ危機」における法と政治――ドイツと日本

2020/3/9:安倍首相に「緊急事態」対処を委ねる危うさ――「水際」と「瀬戸際」の迷走

2020/2/24:新型コロナウイルス感染症と緊急事態条項――またも「惨事便乗型改憲」

2020/1/27:公務員は「一部の奉仕者」ではない――「安倍ルール」が壊したもの

2020/1/20:首都直下地震への四半世紀?―阪神・淡路大震災から四半世紀

2019/12/2:雑談(121)「世界トイレの日」に寄せて――「れいわ」議員の初質問

2019/11/4:ブロッケン山頂の「壁」開放――「ベルリンの壁」崩壊30年

2019/10/07:中国建国70周年の「風景」――南京の旅(1)

2019/8/26:安倍色に染まった日本――なぜ日韓関係はここまで悪化したか

2019/8/12:ヴァイマル憲法100周年――「時代」と憲法の関係を考える

2019/7/29:「日本のトランプ」と「3分の2堤防」――2019年参院選

2019/6/3:激動のイスラエルとパレスチナを行く――ゼミ生の取材記(2・完)

2019/5/20:ドイツ基本法70周年の風景――「愛すべき基本法」と「みっともない憲法」?

2019/3/25:女性参政権100年と日本の現実――「ねじれ解消」の解消へ

2018/11/26:「過去の克服」のかたち――ノイエンガンメ強制収容所 (北ドイツ・デンマークの旅(その4・完))

2018/10/29:デンマーク系少数派住民の政党(SSW)と5%条項―北ドイツ・デンマークの旅 (その3))

2018/9/17 : ケムニッツの警告――「水晶の夜」80周年(北ドイツ・デンマークの旅(その1))

2018/6/18:米朝首脳会談の先に見えるもの――東アジアの歴史的転換へ

2018/4/2:東日本大震災7年の福島と憲法――「帰還困難区域」にも

2018/2/19:安倍政権と日本社会の「赤報隊」化

2018/1/1:憲法存亡の年のはじめに――直言更新1110回

2017/8/28:映画「恵庭事件 知られざる50年目の真実」に寄せて

2017/6/19:わが歴史グッズの話(40)――「特高」を必要とする「共謀罪」法

2017/6/12:介入と忖度――『相棒』『ウルトラマン』の脚本家・太田愛さんとの対談(『世界』6月号)

2017/6/5:「共謀罪」法案に隠された重大論点――「準備行為」(overt act)

2017/5/29:「全く問題ない」内閣官房長官――「介入と忖度」の演出

2017/5/8:ドイツ国旗はデモ隊の旗だった――「ハンバッハ祭」のこと

2017/4/10:議員任期延長に憲法改正は必要ない――改憲論の耐えがたい軽さ

2017/3/20:ヴァンゼー会議の75周年――トランプ政権発足の日

2017/1/23:トランプ新政権発足とメキシコ憲法100年

2017/1/16:わが歴史グッズの話(39)――「靖国合祀遺族セット」

2017/1/9:「憲法くん」の古稀――日本国憲法施行70年へ

2016/12/12:カジノ賭博解禁法案の闇と影――この国に国会はないのか

2016/10/10:憲法97条は条文整理の対象にならない――「アベコベーション」の日本へ

2016/9/26:変わったこと、変わらないこと――「ドイツからの直言」最終回

2016/9/19:沖縄「高江」から見えるもの――それにもかかわらず(Trotz alledem)

2016/9/5:連邦憲法裁判所に入る――建物の軽さと存在の重さ

2016/8/29:ドイツで「冤罪事件」に巻き込まれる――車内改札制度の盲点

2016/8/22:ペギーダの「月曜デモ」――「ベルリンの壁」崩壊から27年(1)

2016/8/15:象徴天皇の「務め」とは何か――「生前退位」と憲法尊重擁護義務

2016/8/8:「収容所群島」とグラーク歴史博物館――独ソ開戦75周年(3・完)

2016/7/4:「大後悔」の一票にしないために――参議院「国権の再考機関」の選挙

2016/5/30:ドイツ基本法67周年の風景――「自由の敵」のかたち

2016/5/9:外国人管理の現場へ――安倍首相の欧州「首脳外食」を横目に

2016/4/11:「自由」と「安全」と――ドイツからの「直言」(2)

2016/3/14:子どもの情景――アベノミクス「出生率1.8」と待機児童問題

2016/2/29:「軍」の自己主張――帝国憲法の緊急事態条項と「2.26事件」80周年

2016/2/1:ドイツ基本法の緊急事態条項の「秘密」

2015/1/25:なぜ、いま緊急事態条項なのか――自民党改憲案の危うさ

2015/11/23:パリ「11.13事件」へのもう一つの視点

2015/9/7:55年目の国会前の風景――「民主主義ってなんだ!」

2015/8/3:新たな「戦前民主主義」の時代――国会前で起きていること

2015/6/2:緊急直言 集団的自衛権行使の条文化――徹底分析!「平和安全法制整備法案」(その2)

2015/6/1:外国領土での抗命の処罰規定を新設――徹底分析!「平和安全法制整備法案」(その1)

2015/5/18:再び、憲法研究者の「一分」を語る――天皇機関説事件80周年に

2015/2/16:『シャルリー・エブド』事件から――「文化戦争」・志田陽子氏に聞く

2015/1/5:年のはじめに「憲法97条のはなし」

2014/9/29:歴史的逆走の夏――朝日新聞「誤報」叩きと「日本の名誉」?

2014/9/15:オキナワと憲法研究者――沖縄の現場から(その3・完)

2014/6/16:憲法が「根底からくつがえされる」――正念場の公明党

2014/6/9:大学を職業教育の場に?!――「傲慢無知」政権の大学政策

2014/3/10:雑談(104)おじさん、おばさんがいない世界

2014/2/24:「政局的平和主義」――安倍政権の歪んだ対外政策

2013/12/30:歴史における「2013年」――安倍色の朝へ

2013/11/25:過度の厳罰化と「象徴立法」――自動車運転死傷行為処罰法

2013/11/18:高級ワインも特定秘密?――1999年ボン日本大使館事件

2013/10/28:特定秘密保護法の不特定性と有害性

2013/9/23:「ダイヤモンド安保」と「価値観外交」

2013/5/06:「6月17日事件」60周年――立憲主義の定着に向けて(3)

2013/6/3:『あたらしい憲法のはなし』からの卒業―立憲主義の定着に向けて(2)

2013/5/20:SF政治(催眠政治)にご用心――「アベノミクス」とTPP

2013/5/06:「記念日」の思想――KM(空気が見えない)首相の危うさ

2013/4/22:三國連太郎と軍隊

2013/4/1:「憲法96条研究会」と選挙無効判決

2013/2/4:焚書と「美しい国」の80年

2012/12/31:「憲法突破・壊憲内閣」の発足

2012/12/24:政治の劣化と選挙制度――2012年総選挙

2012/12/17:もう一つの「一票の軽さ」――総選挙終わる

2012/12/10:沖縄は日本ではない!?――米軍警告板の「傲慢無知」

2012/12/3:3.11と総選挙――岩手県沿岸部再訪

2012/11/26:シロアリ取りがシロアリに――復興予算

2012/11/19:違憲状態の総選挙――「近いうちに解散」の結果

2012/11/5:憲法理論研究会と鈴木安蔵のこと

2012/10/15:日米両国政府の想定外――普天間のオスプレイ(2・完)

2012/10/8:メディアは沖縄をどう伝えてきたか――普天間のオスプレイ(1)

2012/9/17:権力者が芸術・文化に介入するとき――大阪市長と大阪フィル

2012/9/10:「安心保障」の先に何が――「安全・安心社会」の盲点(3・完) 2012年9月10日

8/27:攻め込んでいく防犯?――「安全・安心社会」の盲点(2)

2012/8/20:監視カメラは何を監視しているのか――「安全・安心社会」の盲点(1)

2012/7/30:選挙法は憲法違反――ドイツ連邦憲法裁判所判決

2012/3/5:痴漢冤罪事件はなぜ起きるか(2)

2012/2/27:痴漢冤罪事件はなぜ起きるか(1)

2012/2/20:大阪市職員アンケートは何が問題か

2012/1/23:最高裁は変わったか――「君が代訴訟」判決と裁量統制

2011/6/6:「君が代起立条例」と最高裁判決

2010/10/18:ノーベル平和賞と「零八(08)憲章」

2010/8/2:「特別博士」の授与――改正臓器移植法施行の1週間目に

2010/6/28:税金について語るの「作法」――北野弘久先生のこと

2010/3/29:学位が売られる?

2010/2/22:新型インフルエンザと大学

2010/2/28:政教分離原則が問われるとき

2009/9/28:防災放送で「人権相談」

2009/8/17:ドイツ軍少佐からの白バラ――軍人の抗命権・抗命義務

2009/8/10:靖国神社には行かないよ――ある特攻隊員の遺書

2009/7/20:「人の死」を政局で決めていいのか

2009/7/13:「平成の農地改革」で失われるもの

2009/6/22:「フィルタリング思考」の危うさ

2009/6/8:ハンバッハと天安門

2009/3/2:長沼から岡山へ ―― 平和的生存権の発展

2008/12/22:「職の安全」も問われている

2008/9/15:人間使い捨て時代を問う・パート2

2008/8/18:ベルリンと北京の間

2008/4/21:空自イラク派遣に違憲判断――「そんなの関係ねぇ」?

2008/1/28:洞爺湖町民上空/噴火湾上空の民間機を撃墜せよ!?

2007/6/4:これが「不当な支配」なのだ

2007/3/12:人間使い捨て時代を問う

2006/2/20:「ハイジャック機撃墜法」の違憲判決

2006/1/9:「ご協力」と「ご注意」の間

2005/8/29:暑くて熱い夏の「クールビズ」

2005/7/25:「不安の専制」のもとで許される拷問?

2005/4/11:「塀の中」に入ってみれば

2004/12/13:ある駐屯地の虐待事件から見えるもの

2004/9/27:「たかが選手」の投げたボール

2004/7/26:日本大衆文化の統制と開放――韓国で考える(4-完)

2004/7/5:連続更新400回目の「感覚」

2004/5/24:こんなに簡単に通っていいのか

2004/5/10:読売改憲試案の勘違い

2004/4/19:自己責任と無責任

2003/6/23:個人の良心が問われる時代に

2002/7/29:住基ネットと地方自治体

2002/6/17:ある交通事故のこと

2001/12/3:マザリシャリフの大虐殺

2001/10/22:「10人の無辜を処罰しても、1人のテロリストを逃すなかれ」

2001/7/9:沖縄の事件があぶりだしたもの

2001/6/18:法と時間

2001/5/21:メディア規制の新たな手法

2001/4/30:「人権トレーニング」 ――カンボジア・ラオスの旅(4)

2001/3/26:「人権尊重教育推進校」の人権感覚

2001/1/22:テキサス州の「罪と罰」

2001/1/15:外国人の地方参政権

2000/12/18:情報エコロジーと「知らない権利」

2000/12/11:48回目の憲法改正

2000/10/30:皇太子と結核検査

2000/6/26:総選挙に参加せざるの弁

2000/1/24:軍隊の雇用機会均等

1999/12/13:久田栄正先生没後10年

1999/11/15:「壁」がなくなって10年(その2・完)

1999/10/18:元男性が当選した選挙

1999/10/4:軍人が政府批判の「デモ」

1999/9/27:インターネットの「敵」

1999/8/9:東ベルリンの「暗黒の水牢」

1999/7/26:海外から見た「旗と歌」

1999/4/6:緊急直言・軍人への戦争参加拒否の呼びかけ(紹介)

1998/5/25:競馬法28条への疑問

1998/5/15:阪神・淡路大震災と憲法

1998/1/12:「大盗聴」のための憲法改正

1997/10/27:「小盗聴」と「大盗聴」

1997/6/23:ドイツ議会の臓器移植法案

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